PSU 留学報告
留学者 高橋 達人
留学先 米国ペンシルバニア州立大学 (The Pennsylvania State University)
通称 Penn State (ペンステート),略称 PSU
留学期間 1986年7月~1988年1月 (1年6ヶ月)
留学テーマ セラミックスのプロセッシング
研究テーマ Low Temperature Phase Relationship in the system SiO2-AlPO4-H2O
指導教官 Prof. Rustum Roy (1924–2010)
1.ペンシルバニア州立大学
英文の大学名の前にTheが付く大学は一般に設立が古く,留学したPenn Stateも1855年に設立された。大学はペンシルバニア州のちょうど中央にあり,おおよそニューヨーク市とピッツバーグの中間にあたる。
大学のある町の名前は,以前の大学の名前からState College (ステート カレッジ) といい,米国人でもよく説明しないと町の名なのか,大学の名なのかまごついてしまう。町の人口はおよそ3万人,毎年のUnder-Graduate (学部の学生) の入学者が3万人という典型的な大学町で,周りは低く丸みを帯びたアルゲニー山脈の峰に囲まれた勉学には絶好の場所である。
交通は不便でニューヨーク市からは,ジェット便で一旦,ピッツバーグに飛び,戻るかたちでコミューター機で,State CollegeのUniversity Park 飛行場に飛ばねばならない。
日本ではPenn State はさほど知られていないが,米国での知名度は群を抜いている。そのわけは,アメリカンフットボールが強く,1986年度は全米1位に輝いた。最終戦はなんと7千万人がテレビで試合を見たほどで,日本の甲子園をしのぐ人気である。レーガン大統領もテレビに出演し,「この試合の意義」を述べていた。 一方,セラミックスの分野においては,世界的に高く評価をされており,国際会議,学会が開かれた後,交通の便が悪いにもかかわらず,訪問者が後をたたない。
2.大学組織と学科
大学 (University) の中に大学 (College) があり,私の所属した Ceramic Science は,College of Earth and Mineral Sciences の下にある Dept. of Materials Scienceという学部の中にある。他にMetallurgy,Fuel Science,Polymer Science とSolid State Scienceがあり,Solid State Scienceは主に物理を卒業した学生がセラミックスの研究をしている。一方,Ceramic Scienceは材料及び化学の卒業者で占められている。
なお,Under Graduate (一般の学生,学部学生) は,Ceramic Science and Engineeringという学科に属する。
この他に,Material Research Laboratoryという主にCeramicsを研究している研究所が学内にあり,この通称MRLに机をおいて研究した。
3.コースワークと卒業研究
指導教官であるRoy教授に渡米前から,1年6ヶ月という留学期間を了解してもらっていたこともあり,機器 (装置) 組み上げが伴う研究をはずしてもらった。その結果,保守の整った既存の装置を使っての研究が短期間に集中して行うことができた。
また研究を後半に集中して行い,コースワークを前半で終える様に指導され,そのためか比較的順調にコースワークと研究を共にこなすことができた。 Penn Stateでは,Master Courseは通例2年半で終えており,今回の留学が1年6ヶ月ということで,周りからかなり ”crazy” といわれた。しかし,Defense (卒論発表と審査) を終え,Passした時には,みなに喜んでもらえた。
(a) コースワーク
Penn Stateでは学生が多いこと (Undergraduate 60~70名/学年,Graduate total 50名) で,毎年大部分のクラスが開かれており,その点,コースの選択の自由度がある。卒業には,30単位 (1単位は1時間/週/Semester) 以上取得する必要があり,その内コースワークは24単位以上である。なおこの内6単位は,Undergraduateの授業をとってもよい。
いかに,取得したコース名と単位を示す。
コース名 (教官) 単位
1. Crystal Chemistry (Roy) 3
2. Thermodynamics of Materials (Spear) 3
3. Processing of Ceramics (Messing) 3
4. Phase Relations (Spear) 3
5. Dielectric Properties of Ceramics (Newnham) 3
6. Powder X-ray Diffraction (Smith) 1
7. Characterization for Materials (Knox) 3
8. Colloid Chemistry (Adair) 2
9. Thermal Properties of Ceramics (MaCinstry) 2
10. Ceramic Seminar 3
最初の秋のSemesterは3単位の科目を3つ選択した。この学期には,総計試験が10回と,Term Paper (レポート or 論文) が1件あり,試験はいずれも2~3時間を要しかなりの負荷である。このコースワークをこなすために,当初,毎夜12時過ぎまで土日もなく勉強しなければならなかった。したがって,7月に渡米後,12月のFinal Exam (期末試験) が終わるまで,本当に生活に必要な所しか行かない,行けない状態が続いた。しかし秋学期の成績が良かったこともあり,春学期にはかなり余裕ができた。春学期は4科目取ったためtotalの負荷は秋学期と同じであるが,心理的に楽になった。
(b) 卒業研究
研究テーマ ” Low Temperature Phase Relationship in the system SiO2-AlPO4-H2O” は,Chemically Bonded Ceramics (CBC),化学プロセスによる低温 (400°C以下) におけるセラミックスの合成というプロジェクトの基礎的な研究として行われた。具体的には,新しいボンドとなる可能性のある SiO2-AlPO4系の(疑似)平衡と出発原料の関係を調べた。
結果として,SiO2の相により,平衡関係にあるAlPO4の相を低温においてコントロールすることが可能であることを見出した。これは,nm (ナノメーター) order の出発原料の Seeding Effect, Epitaxial nucleationとgrowthによるものである。
この結果は日本セラミックス協会と米国の学会に5~6報執筆予定であり,すでにAmerican Ceramic Socには投稿した。
(c) Defense (卒論発表と審査)
大学によって異なるが,卒業するためにはPenn Stateでは,Defense (卒論発表と審査) を受けねばならない。Defenseは4名のCommittee Memberにより構成され,あらかじめ配布しておいた卒論をもとにOHPを使いながら,まずプリゼンテーションを行う。この発表には,学生や研究者が聴きにくる。この時,発表者は通例ケーキを焼いて持参しなければならない。私の場合,”おせんべい”で代用したが,これがかなりの好評であった。
プリゼンテーションにつづいて,2時間近く,CommitteeのMemberとの間で,論文に関し,質疑が行われる。そしてこの場で卒業がOKかどうかの判断がCommitteeによってなされる。
(d) 卒業論文
日本人が卒業論文を書くのはかなりの負荷である (私の場合はTotal 150ページ程度)。最近はマッキントッシュ等の英文作成に強いパソコンが出回り,かなり以前に比べたら楽になったものの,それでも論文作成に1ヶ月半を要し,この間睡眠時間は極端に低下した。 論文の校正は3回行い,1回はCo-workerのドクターによるもの,2回目はCommitteeによるもの,最後の1回は文法と文章表現のチェックである。それぞれの校正には少なくとも3~4日必要であり,帰国日が近づいてくるとかなりの精神的負荷になる。なお,この後にGraduate SchoolによるType ミスや大学の要求するformatに沿っているかのcheckがある。
4. 生活
Penn Stateは田舎ということもあり,物価は都会に比べて安く,かつ円高のこともあり,生活に不自由はなかった。もちろん貯蓄できるほどではなく,数十万円の赤字 (借金)となった。
State College の町には,村田エリーという日本の村田製作所の現地工場があり,そのため小さな片田舎の町にもかかわらず,日本語補習校が開かれていた。娘 (当時小学一年生)は現地のPublic Schoolに通うかたわら,土曜日には日本語の授業を受けられたことは幸運であった。場所がら日本語学校は教師不足であり,家内も一部の授業を手伝わせてもらっていた。
一方,食事面でも,同様の理由で町の中に日本食を扱うお店があり,食事の苦労はあまりなかった。しかし私の渡米から家族が来るまでの3ヶ月は,忙しく,自分で食事を作る暇もないことから,かなりやせてしまった。できるだけ早く (例えば1ヶ月後) 呼ぶことをお勧めする。
5. 留学期間とTOEFL
(1) 留学期間
通例,Penn Stateでは,Master of Scienceのコースは,2年6ヶ月で終了するのが平均であり,1年半で卒業,かつ言葉も満足に使いこなせない東洋人がと思うと米国の学生は「crazy」と私に言うことになる。同室のPost DocとDoctorの学生は,まず,初めの秋学期が無事終わるかどうか心配してくれた。(彼ら自身,2年半でMSを卒業) 1.5年という時間を区切られてもDegreeを取りたいのが本音であり,そのためには体力と精神力が勝負の分かれ目になる。最後の1ヶ月は睡眠時間が極端に減少し,コンピューターの前で「このまま行くと入院でもするのではないか」という不安にかられながら論文を作成した。実際,日本人の留学生が帰国直前,入院する事件が,この狭い田舎町でも私の留学中に2回も起きた。
幸い,私の場合,耳鳴りが起こり,右耳の聴力がなくなった程度 (論文提出後に自然になおる)ですんでホッとした。留学生の帰国直前の負荷は精神的にも肉体的にもかなりのものなので,目標は1.5年でも,2~3ヶ月の余裕しろを是非設定していただきたい。さらに大学によっては,1年,1年半で技術系でも卒業可能な所があり,その辺の「楽だった」発言には,今にも増して十二分に,ご検討を加えていただきたい。
必要となる期間は,留学する分野,実験,授業,論文,Defense などによって大きく異なる
① 分野 その人が今までなじんでいる分野かどうか。
② 実験 新しく実験装置を組み上げるのか,既存の装置を使うのか
発注から納期までの時間がへたすると1年。かつ手直しが必ず必要。
③ 授業 授業を取る目的は研究をうまく遂行させるため。
しかし学科が小さいと単位取得のために関連性の薄い授業を取らねばならない。
→この場合時間の無駄。
④ 論文 Thesisという本論文 (Graduate Schoolの認証),
論文なしでReportという名のもの,
単位修得だけで論文なし。
論文の有無は留学の期間に大きく影響するはずで,
これは大学と所属する学科による
⑤ Defense 論文発表と審査があるものはさらに多くの時間を取られる。
Penn Stateの場合は前述の通り。
したがって,これらによっては留学の期間は,MSで1.5~2.5年と変動するものと考えられるが,この内,留学前にわかるものと留学してから以降にしかわからないものがある。したがって,前述のごとく留学の努力目標は,1.5年としても延長の可能性を与えていただきたいと考える。
(2) TOEFL
TOEFLは必ず大学の要求を満たしてから出国すべきで,当地でのTOEFL (一般にやさしいけど) の試験のためのIntensive Class をとるための時間は別に使うこと。つまり,その土地になれるための時間は授業開始前に最低1か月は必要。授業が始まってからのゴタゴタはできるだけ避けることが望ましい。
またTOEFLは,当地での英会話力,英語圏生活能力,いかに仕事をこなせるかにはまったく無関係。技術系の場合,TOEFLが大学の求める点まで達したら,あとは大学の関係する先生とのコンタクトおよびやりたいことのアッピールが入学を決定する。TOEFLの勉強をするより,現地の情報をできるだけ多く入手すること。授業が始まればいやでも耳の訓練をすることになるのだから。
なお,社内英検はTOEICにより行われていますが,TOEFL受験希望者にはTOEFLでの代用も1つのやり方と思います。
6. 企業派遣の留学生とVisiting Researcher
不安の中に渡米したわけで,同じ研究所にいた2か月前に来た日本人のVisiting Researcherが神様のように思えた。同様にあとから来る日本人には,既にいる私達が神様のように見えるらしく,年配の方でもかなり低姿勢である。そして帰国の段になると,(たいてい渡米から2年後,大学の先生は1年の人が多いが) ますます周りから崇めたてまつられ,盛大な送別会をして送り出される。しかし,成田に着くやいなや,あっという間に平民になり下がって身の程を知ることになる。
NKKとは異なり,大学へのVisiting ResearcherはTOEFLが目標に達しないか,又は1年の期間の人が多い。したがって,TOEFLを既に日本で550以上とり,難解な授業を受けている学生は狭い日本人社会ゆえ一目おかれることになる。
しかし,生活については,米国人のPost Doctor (研究者)より仕事に多くの時間を割いても,なおかつ,十分,米国の生活を堪能できるVisiting Reseacherと,まったく自由時間の取れない学生との差は大きい。
以上
OHPによるプリゼンテーション
今から30年以上前のことです。この時期はまだ,パワーポイントやパソコンを使ってのプリゼンテーションではなく,プリゼンテーションはOHPによるものが大部分で,それも手書きのもので行っていました。
PSUでの生活
State Collegeでの生活の単位は家族です。日本では会社勤めなどの家族とは違った昼間のお付き合いがありました。ここでは,守るものは家族で,その家族を中心にどうしていくかを考えながら1年半を生活しました。引っ込んでいては,物事進みません。相手に危害を加えないことを示すために「Smile」を振りまきながら,アクティブに活動しました。
日本から自分の車を同伴するなど,後で考えるとやりすぎがあったかもしれませんが,そのおかげで,ドタバタはありましたが,車をニューアークから入れることができたときの自信は宝物になりました。そしてその車を使ってアメリカ大陸を横断できたことも,なんかの流れがあってできたのかなと思います。
Penn Stateに合気道部があって合気道ができたのも幸運でした。幸運だったのは合気道部の部員だったのかもしれません。「君の会社は大学に合気道の先生を送ってくれる」んだと,間違った解釈をしている人もいましたので。家族のサポートがあって,Penn Stateで最終的には修士の学位をとることができ,後のDrにもつながることができました。感謝です。
英会話
英語は教養やStatus Symbolでなく,Communicationの手段であることは百も承知しているのでが,日本では英語がお上手な方が,英語が苦手の人に色々プレッシャーをかけてきます。本人は意図していないのかもしれませんが,現在色々アップしている「技術英会話」シリーズでは,冒頭に「英語がお上手な人はパスしてくださいね」との呪文を入れています。これにより,英語が苦手の人がプレッシャーを感じず情報入手できるように,英語がお上手な人は,それ以降に,入ってこれない結界を作っています。
以上
技術英会話エッセイ 目次 https://ceramni.matrix.jp/?p=1582
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筆者:高橋達人 (たかはしたつひと) 大学時代の英語は東工大の学生レベル,30代前半で英語が不得手にもかかわらず米国の大学院,ペンシルバニア州立大学,へ会社派遣留学。真面目に勉強して1年半で修士卒業。会社生活の最終ステージで6年間豪州の現地会社に勤務。海外では勉学や仕事のかたわら合気道で体を動かし,現在は豪州,フィリピン,カンボジアで合気道を指導。
東工大 無機材会 企画担当副会長