東工大合気道部創生記: 新人の頃の思い出
昭和45 (1970) 年入学 丹野七郎
歳を取ると記憶力が衰える。昔のこともいつの間にか忘れる。OB会での会話は、ほとんど忘れる。だから何回参加しても話が尽きない? 後輩OBの顔が覚えられないのは申し訳ない。
だが合氣道部4年間の記憶は、強く思い出として残る。40年以上のサラリーマン時代に負けていない。特に1年の前半の時の記憶が一番鮮明だ。なので、初めての合宿(1970年)の時の記憶を辿つてみる。間違いあれば指摘願いたい。
○場所
部創始者の綾野さんと主将角田さんが実際に旅をして見つけた長野県佐久の小学校廃校跡。旅館の池には鯉がたくさんいて、毎食の味噌汁や刺身などになった。贅沢。
○準備
道場から畳80畳を持ちだす。国有財産なので渋る大学と交渉して許可を取ったとの事。合宿前日に「トラックに載せるので朝6時集合」との電話連絡。自転車で駆け付けた。
○朝トレ
毎朝競争形式のランニング、私が一番で今泉師範が二番。付度しなかつた。
○稽古風景
元小学校なので子供達の遊び場でもあつた。その子供たちが稽古を見学していた。稽古の合間には、宿題の手伝いなど子供たちと交流する部員もいた。合宿後に女の子と文通していた者もいたとか。休憩時の粉末ジュースが旨かった。
○正座
3時間の正座は長かつた。一時間過ぎた頃に失神者あり、救助をした先輩が羨ましかった。
○山登りの日
毎年恒例で行先は不明。師範が先頭で時々走り出す。最後尾は遥か後ろに。携帯もないのに誰も迷子にならず、荒船山の頂上に到着。
○救急車
夜中に先輩が突然苦しみだし、救急車で佐久の病院に。大事に至らず、回復。
○諍い
稽古場へ行く途中、追い越そうとした地元の若者のバイクが転倒する。こちらのせいだとのクレーム。どうやつて解決したのかは不明。
○初めての昇級審査
なぜか、記憶がない。
○幹部交代
三年生にバトンが渡る。新主将は中尾さん
○地元の祭り
最終日のコンパの後は、皆盆踊りに行く。私は酔いつぶれて、参加できなかった。翌朝、窓に干してあった新主将の袴が汚されていた。犯人は私に間違いない。一生恐縮してる。
※正確な日数は記憶していないが約1週間であまりに色々あった。
(創部50周年記念誌)
高橋達人 tatsuaiki7@gmail.com